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*お好きな順番で画像の上をゴキっゴキっと押っぺしてのぞいて見みみてください。
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★今日のメニウ‐その1
カルト映画監督の魔法ノオト・復刻版
『アレハンドロ・ホドロフスキー』
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■■・・『エル・トポ』『サンタさんグレ』『堀井マウン店』など40年も前につくられたデンデロレンな怪作によつて世界キテレツ映画史上にその名いつまでも語り継がれ、特にニポン語の文字でかくと北海道のどこかの山奥の村でつかわれるインド訛りの京都弁などをホーフツとさせる名前の文字づらのホッコロ感も異境オぉラ盛り森の映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーの、撮影途中で中断して完成されなかった伝説の超巨大作といえば『デューン/砂の惑星』ですねぃ。マボロシのホドロフスキー版『デューン/砂の惑星』が、のちに劇場公開されたデヴィッド・リンチ監督版『デューン/砂の惑星』と何もかもどれほど違うケタはずれな作品になるハヅだつたか。英語版ウイキ屁デアの「Dune (film)」の項目の、アレハンドロ・ホドロフスキーかんとく版についての紹介から、妄想を華々しくふくらませてくれそうな部分だけを拾い上げてみますると、長編SF小説『デューン/砂の惑星』の監督依頼を受けたホドロフスキーは、上映時間10時間の映画を構想。すスタッフ・出演者にはサルバドール・ダリ、ミック・ジャガー、アラン・ドロン、オーソン・ウェルズ、グロリア・スワンソン、デヴィッド・キャラダイン、それにアレハンドロ・ホドロフスキーの息子ブロンティス・ホドロフスキー(Brontis Jodorowsky)。音楽はカール・ハインツ・シュトックハウゼン、ヘンリー・カウ、マグマ、そしてピンク・フロイド。特撮監督はダン・オバノン。セットは漫画家メビウスらが描いたストーリーボードをH・G・ギーガーがデザイン化。とゆうた上っ面をなぞるだけでもJ.G.バラードの濃縮有名人ゴシップSF小説もびつくりの冗談のような顔ぶれで1975年パリで製作準備が開始され、ストーリーボード、デザイン、脚本の用意が整った1976年、原作者フランク・ハーバードが様子ながめに現地に飛んでみると、撮影本番はまだこれからとゆうのに、製作予算950万だらあ(1975当時の相場1ドル=300円前後で換算すると28億5000万円ぐらい?)のうち200万だらあ(6億円ぐらい)はもう消えてしまっているうえに、当初の企画10時間映画が14時間映画の構想にまで膨らんでいて、とてもこれでは完成まで資金がもたないと悲鳴をあげてしまい、この企画はオジャンになつたのですます・・(以上、英語版ウイキ屁デアの「Dune (film)」の項目から誤訳のうえ引用)。一体全体ナヌを考えているのか、アレハンドロ・ホドロフスキーさんとゆうひとは・・・何だかウレしい気分になった貴嬢貴殿(誰?)のみなみなさまには、だいたいいつでもアバウトだつたり不正確だったりしがちなウイキ屁デアにはまだ記載されていない毛な、素晴らしひのかどうかは何とも言えない朗報がひとつありますーて。映画『デューン/砂の惑星』製作当時、ホドロフスキーは表紙に『デューン』(砂の惑星、はニポン語題名のオマケのためここでは出番なし)とだけ書いた黄色いノートが色エンピツやペンで何かを一生懸命に描きこんでいたらしいのですが、果たしてそのノートの中に何が書かれていたのか、いなかったのか。またまた前置き長めになりましてしまいましたが、もっか誤あんないちうの本書『アレハンドロ・ホドロフスキー』は、表紙から裏表紙までをオールカラーで、表紙に『デューン』の文字があるそのホドロフスキー直筆ノートを復刻したものなのでありまする。そして驚き呆れも納得もしやすいことに、数多くの絵や記号をちりばめて、ホドロフスキーがノートに書き込んだのは、ホドロフスキーが大好きなタロットカード(マルセイユ版)の研究とゆう、表面的には映画と無関係なようでいても、とくにホドロフスキー映画とは重らない部分の大きさと同じぐらい重なる部分も大きそうなデタラメと冗談で運命を手巻きずし的にまとめていく魔法についてのノオトでありまして、何よりウレしいのは、一生懸命に工夫したこの謎のタロット魔法が、『デューン』撮影中止をさかいに全然パっとしないホドロフスキーの映画監督人生をおもうと、なんだかとっても失敗しているように世間的には見えることで、つまり、成功の失敗は成功なりけりな?雨ふりの夜にどこで昼寝をしたらよいのかを占うタロットカードとしてホドロフスキー映画のなにかの場面を思い出してみたとして、それをどう解釈したら企画中断につながるのかとゆうたことが例えば思い浮かんだりしたようなばーいに、マサイ族のヤリ投げほどにも深々とした飛行距離で照らしてくれるよすがになりそうなならなそうな。ペラペラの薄い本で、文章はスペイン語。5年に1度の現代美術展覧会ドクメンタ(13)企画で現代あ〜ちすと100人のノートを復刻するとゆう企画のどさくさでぽっちりと刊行された冊子であることなど、コレクター的スケベイごころをくすぐる要素もいっぱいで、なにがなんでもホドロフスキー好きすきーとゆうみなみなさまの必携本ではありそおです。お注文、お問合せは、当店どどいつ文庫まで電気メエルで大至急にご連絡をばどどどうぞ!![記:2013.08.29:PM21時20分]
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★今日のメニウ‐その1
世界の外科手術コスプレお写真集
『外科手術の古今東西・写真でみる歴史』
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■■・・キズぐちが治ったあとは抜糸無用のとろける外科手術用縫合糸をいちばん最初に開発したことで有名な医療器具製造がいしゃデイビス&ゲックが、お医者さんゴッコ以上には特別な医学ちしきのない医学マニアおよび潜在的予備軍といえなくなもないフツーのひと向けに、ぢんるい古今東西の外科手術のあゆみを写真で再現してみてもらえるようにしてみまひょ〜とゆうので、写真家レジャレン・A・ヒラーさんを呼んできて撮影した1944年(昭和一九年)刊行の外科手術コスプレ世界史お写真集(=古本)でありまする。最初のペイヂからではなく最後のペイヂから本を開いて一番最初に一番最後の写真をみて見ると、安らかな寝顔でベッドに横たわる女性患者を医者と女性看護士と家族が見守っている18世紀後半の光景を再現した「麻酔の恩恵」とゆう題名の写真が、古い時代から新しい時代へと順ぐりに古今東西の外科手術コスプレ写真を並べた本書のお別れの1枚になっているのがわかるりましてつ、つまり、この写真のほかの、この写真にたどりつく前までの写真はすべて、麻酔薬が開発されるより以前の、死ぬほどの苦痛を麻酔薬なしにただひたすら我慢しながら行われていた痛Tぁ、痛Tぃ、痛Tぅ、痛Tぇと痛さのタ(Tぁ)行4段活用が時間のない時間のなかで永遠よりも長く続く拷問のような外科手術以外には外科手術の手段がなかった人類医学史上のヲトロしひ時代の外科手術を、衣装や医療器具の時代考証にも専門業者らしい目くばり気くばりが施された医学史的にもマニアっくなコスプレによって再現しているのだそおです。文字によるにキロクでは今から4000年も昔、絵に描かれたヴィジュアル的なキロクでは今から4500年以上むかしとゆう説もある古代エジプトで、円柱に装飾用のお絵描きをしていた奴隷のひとりが足にケガをして足場のうえで骨折した足をひっぱって伸ばす外科治療にのぞけって全身で痛がるお絵描き奴隷のひとを筆頭に、印度ヒンヅー教外科手術の父『大医典』のススルタさん紀元前600年コスプレ、産婆術や外傷治療にも優れ女性医師の開祖と称されることもあるらしひ古代ギリシアの天才高級娼婦アスパシアさんが紀元前5世紀頃のギリシア・アテナイの青靴下女性たちと片乳あらわに野外で語らう楽しいセミぬうどコスプレ写真など「第1章・医学のあけぼの」。古代ローマ帝国のながい歴史を通じて医学の発展の先頭に立ち続けたギリシア医学者たちのお手柄をたたえた無声映画みたいな第2章「古代ローマの壮麗」、中医学史上伝説的な神医・華佗(Hua Tu)の鍼(はり)による無痛外科治療や、古代医学文献中最良といわれるジフテリアの症状の精密な記述をのこした古代ビザンツ帝国執政官アエティウスの巻物コスプレ、アラビアの路上で病者を看るアルブカシムのアラビアンナイトコスプレ、現存するニポン最古の医学書として有名な『医心方』全30巻を平安時代の天元5年(982年)に完成したYasuhoi Tambu(=Tambano Yasuyori=丹波康頼のこと)の掛け軸のある和室での施療光景コスプレなどエキゾちっく風味たっぷり第3章「古代東方の叡智」など怪しくも着実に進んでいくかに見えたのが一転して宗教と迷信と宗教戦争や異端審問などの暴力にまみれた中世医学へと突入する第4章「暗黒時代を通り抜けて」・・とゆうた調子で、以下、「外科手術をするのは殺人者や犯罪者、ニセ金づくりや間諜や詐欺師や高利貸し」と蔑まれた時代の歴史ホラー怪談ちっくな衣装も小道具大道具もムウド満点なコスプレ各種まぢえつつ、西洋文化の視線が非西洋人文明のなかへズカズカ土足であがりこんでお脈拝見する様子や、戦争が大規模になり戦地で死傷するひとの人数が大規模になればなるほど外科手術の治療システムがより一層高度になっていくのですよ〜とゆう露骨に天地あべこべな屁理屈があちこちにちりばめられた読者へのおやつサービスちっくな女性の半裸おヌウドにまむして視覚化されていて、本写真集が刊行されたのが、第二次世界大戦末期の1944年あべりかだったことの意味あいを、づいぶんイヤんなかんぢで思い知らてくれることもふくめて、このへんなマニア白黒お写真集の、全編つうぢてのピントがあちこちにズレまくってる感、おハシではさめないツルツルのサトイモを意地になっておハシではさもうとしているときのツルツル感を、いつまでも堪能させてもらえそおです。来年2014年で刊行70年めを迎える古本のため在庫は手持ち1冊限りのこの何ともうすらボンヤラした外科手術コスプレ世界史お写真集 『外科手術の古今東西・写真でみる歴史』、お注文お問合せは電気メエルで当店どどいつ文庫まで大至急でも本日中でもどちらでも何しろ今すぐのご連絡をどどどおぞ!![記:2013.08.25:PM19時20分]
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★今日のメニウ‐その1
メキシコ超現実派ぐるぐる迷路建築お絵描き集
『ペドロ・フリーデベルク画集:夢遊病都市の真正宮殿』
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■■・・みなさまよっくご存知の故・山口フジオ氏の濃厚どろどろ名言録のひとつに「裸のラリーズの音楽は建築物のようでもあったんだ」的なみことばがありましたわけですが、1ミリの長さの指紋の渦巻きを一瞬で船橋ヘルスセンターの100メートルの大滝すべりに変えるほどの急激な増幅力で音の大きさとスピートを光の速度で加速する真空管アンプのちからで増幅された太っとい電子音塊がえんえんと反復されると脳みそのなかにとても天井が高く極端に遠近法が強調された無限に続く迷路のような建築物のなかに閉じ込めているみたいな幻覚がしばしばしばし起きやすいことは、電子音楽がはじめてブウムになりだした頃からたびたび指摘されていた事実もふくめてさきほどからずずっと反復横跳び逆上がり連続回転10回ぐるぐる回りで最初から一歩も話しが先にすすんでいるよおな気がしていないとゆうた気分をそのまま絵に描いているようにみえる脳内無限迷宮回廊悶絶あああしつど系お絵描きあ〜ちすとペドロ・フリーデベルク(Pedro Friedberg,1936生まれ〜存命中)さんのお絵描き作品集でありまする。もともとはイタリア在住のドイツ系でナチスの迫害をのがれ移住した先のメキシコで、お尻が手のひらで指が背もたれになっている椅子や屋根瓦の代わりにあ〜てちょ〜くを屋根にひいたおウチなどヘンテコな建築でざいんの仕事をしていたのが気に入られてメキシコの超現実派あ〜ちすとのひとたちに次から次と紹介されていき、これまたみなみなさま大好きな耳らっぱのレオノーラ・キャリントン(妖精文庫のころはカリントン)さんやレメディオス・バロなど、ペドロ・フリーデベルクさんと同じく戦争の影響などで他の場所からメキシコへと移住・亡命してきたひとたちと一緒のグルウプにまざって、駄駄だだ駄々っ子いずむと幻覚的神秘主義の誘惑とゆう強烈に食べ合わせがわるそうなふたまたをかけた反時代精神どっぷりのファンタヂっこな超現実主義あ〜と活動に精をだしたのでしたとか何とかゆう略歴のなかで、ペドロさんが建築のベンキョーをしたことがあるとゆうことも含めて、ペドロさんの描く脳内迷宮図に没頭する手助けになりそうな成分は特になさそうだったりするだけででなく、ハマるひとにはドツボにハマりこみ、ハマらないひとにはカスリもしない、純ハマリ系お絵描きあ〜ちすとペドロさんのお絵描きには、みるために何の予備知識もいらないとゆうどとてもスッキリした美点あり。日暮里の繊維街のどこかにあるのぢゃないかしらんなどと錯覚させるさまざまにおサイケな反復繰り返し柄模様が敷き詰め貼り巡めぐらされた宮殿内のお部屋がラブラブかっぴょろ愛のテーマパークといわれた昭和ぢだいのラブホテルを思わせるペドロさんの夢遊病都市のお散歩にちょうどよさそうな乗り物として、鼻ぼこチョウチンのシャボン玉よりももっと軽くて小さくて吹けば飛ぶよおなクモの糸くずを魔法のホウキのつもりで股間にはさんで宙に浮きうき、時々は窓や天井から逆さまにぶら下がり空中ぶらんこ芸人きぶんで幻覚のお部屋ぜんたいをゆらゆら揺らしてみたり。いつまでまっていてもぼぼ絶対に当たりが出ることのないパチンコ台みたいなペドロ・フリードベルクさんのお絵描きで朝から朝まで押し入れや物置に相当するオツムのなかの薄暗い部位の体操をおいっち二三しーごー六七八九十万回もたのしめそうな不脳力筋トレのお役にもたつ毛なポケット版画集でござりまする。在庫は古本1冊かぎりの『ペドロ・フリーデベルク画集:夢遊病都市の真正宮殿』お注文・お問合せは当店どどいつ文庫まで電気メエルで大至急にお連絡をばどどどおぞ!![記:2013.08.21:PM22時21分]
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★今日のメニウ‐その1
ハレホレ宇宙神殿いんてりあ写真集
『サンラ+アエアトン:宇宙インテリアと外宇宙インテリア1972』
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■■・・ジヤズやフリィジヤズに一切興味がなくても雪がふるふる秘湯の温泉露天風呂で通りすがりのおサルが温まるような気分で誰でもどっぷりひたれる変態くるくるぱあジヤズばんどますたサン・ラの、変態UFOカルト教団ユナリアスをもぶつちぎるほどファンキひな古代エジプト宇宙神こすぷれぃのアイデア源にある、下積み時代のサン・ラが1950年代シカゴでジヤヅ演奏のかたわら街角でぴんこ立ちし演説をぶったりパンフ配りをして宣教に励んでいた当時には奇人のたわごと視されていた神秘黒人宇宙ヲカルト哲学思想をもしも竜宮城のお抱え絵師がビヂュアル化したらばどんなんかんなあ・・とゆう想像図を実際にかたちにしたのとして従来は、サン・ラのレコードジャケットとライブ映像、そして何よりカニの缶詰よりも真っ先に、サン・ラ主演のヘンテコ宗教娯楽黒人ぼったくり映画『ここが宇宙だべ Space is the place 』(1974公開、製作1971)さえ見ておけば、ヴィジュアル系みゅうぢちゃんの草分けとしてのサン・ラの舞台ファッションせんすを堪能するのには十分的な、冷凍庫で長期保存された干物じょうたいから宇宙神サン・ラぱわあと取りもろこおす世界初公開の驚異的な幼稚さかげん秘蔵写真図版を満載したオールカラー版・宇宙神殿いんてりあ写真集が当店どどいつ文庫にもご来臨ちうでござります。映画『ここが宇宙だべ Space is the place 』製作中にスタジオの背景の前で撮影された古代エジプト黒人宇宙神サン・ラーの御真影が並ぶ冒頭の数ペイヂを眺めているだけでも、めったにあり得ないアホアホぱわあで別世界へと拉致監禁されてしまったような気分になるわけですが、それに続く本書の本編、世界初公開のロバート・アンダーウッドこと当時アエ・アエトンさんの宇宙反転インあんどエクスワイゼットテリアお写真の途方もないアホアホっぷりは、地球上のどんなコトバで幼稚な童謡を歌ったらこの幼稚むうどに追いつけるのか最低5年以上かけて南米やアフリカの大河の奥の密林のなかを探してみたいほど。そしてこの謎のアップリケ感覚はよくもわるくも、アエ・アトンさんが、シカゴの街角での布教活動をやめてニュウヨウクへ引越したサンラの誇大古代妄想トークのはげぐちになって、シカゴ〜ニウヨウク間をモヒモヒ電話でつないだサンラぢきぢの遠隔説法を1960〜1971年までの11年間もの長期間にわたって洗脳受信するなかで全身の毛穴に潤いしっとり浸透していった、ロバート・アンダーウッドとゆう本名をアエ・アトンと改名するほどいちぢるしい影響のおかげだとゆうのも、それもそれでアホみたいな事実で。サン・ラの電話指導でパーカッションの練習をはじめたアトンさんは、これまたシカゴのゆうめいなフリージャズあ〜ちすとフレッド・アンダーソンやアート・アンサンブル・オブ・シカゴのジョセフ・ジャーナンとの共演をへて、1972〜74年にはサンラ・アーケストラの一員となつて旅巡業に出たり舞台の書き割りにペンキを塗ったりするほどになつたのだとか。さらにさらに驚くことには、漫画家のエビスさんが手抜きマンガのなかに描くゲーヂツ風抽象画を本格的に高度な幼稚ぶんめいぽく描かれている、ここに集められたアエ・アトンの宇宙インテリア&エクステリア壁画の数々が描かれたのは、紙の上でも画布の上でもなく、よくよく見るとあちこちに紛れ込んでいるドアーや蛍光灯らしきものが映っている絵があちこちに混じっているのをみて想像されるとおりに、内装や外装のお仕事の依頼を受けたアトンさんが脳内で無限のヅッコケを繰り返すサンラの宇宙ホラ話の暗示や明示を操り操られるがままに、サンラアーケストラメンバーのマーシャル・アレンやジョン・ギルモアのおウチをはじめシカゴ最先端のおウチの壁や天井や外壁に描きちらかし塗りちらかしたとゆーのですから大したもの。細かく言えばアエ・アトンさんの宇宙壁画のうちシロクロ複製の3点だけは1972年発表のサン・ラ第2詩集『拡張もっこり・無限方程式』に収録されたことがあるらしーのですが、今回は初公開作品をオールカラーでシカゴ大学シカゴジヤヅああかいぶから大発掘。半世紀の時空をゆうゆう飛び越えてみなみなさまの脳内に開けなくてもどどでもよかった眩しい窓の扉を目いっぱい明け広げてくれれるる見事にキテレツ音楽的なかわひひお絵描き写真集となつています。変った音楽や変った服装や変ったおウチなどが大好きなみなみなさまへの各種プレゼントにもぴつたりな本書のご注文・お問合せは電気メエルで大至急に当店どどいつ文庫までどどどおぞ!![記:2013.08.17:PM22時00分]
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★今日のメニウ‐その1
ラヴりぃうんちキャラお写真マンガ集
『うんこのジャック:究極のお便所ゆうもあ』
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■■・・1冊の本がひとを引っ張って引きずりまわしていくパワーの凄まじさには語るにも語れないほどとりどりなタイプんぐのものがあるのかどうなのかはどどでもよいとしまして、コノ本に書いてあることの中味を確かめたいのならばココここへ行ってみてみなはれ的な魔法をばらまく旅行ガイドブックの引きこんもりバージョンと思ってみるとまったくの当たらずと言えども近からずな極小じゃんるの本のなかでは極大のなんでもありなイメエヂも強いおトイレ本。どんなに繊細につくられたポエムの本でも重量20キログラムの写真集でもおトイレのなかに持ち込みさえすればおトイレ本へと一時的に変身をするではないかととゆうた拡大解釈のぼんやりした延長線上にたっているつもりで、読者になりそうなひとの想定範囲を広げるつもりで実際には最初から見込みの薄い読者との出会いの機会をより狭く薄くしていることに気付かずに、トイレのなかで読むための本として作られるとゆう運命を背負ってこの世にまぎれこんだ不憫な冗談本の近刊本のひとつ、ウンコきゃらくたあ「うんこのジャック」が主人公のひとこまウンコ写真まんが集が当店どどいつ文庫に入荷ちうなのでござりまする。見たり読んだりする場所が基本的にはおトイレ限定とゆうこととあわせて、見方よみかたにもご使用上のコツがありまして、便器に腰掛けているときに脳みそのなかで発酵しがちな雑念を追い払って、お腹のなかから飛び出して外気を満喫しようと待機しているうんこに気持ちを集中して、美容院でぢぶんに似合ったヘアスタイルを探すためにファッション写真のたくさんでている雑誌をぺらぺら眺めるようなあんばいで、いまから出てくるうんこの姿がどんなすがたかたちなのか。うんこに指とツメで描いたみたいな顔があるうんこキャラクター「うんこのジャック」のうんこおもしろくもない百変化をみてウンウン唸りながらクーソーしておたのしみクサいませませ〜・・とゆう特殊用途のお写真集となつておりまするン。ひよこまんじゅう似の「うんこのジャック」が旗をふって応援してれたり。ロウマ教皇のようなかぶりものをおつむにのせておごそかめかしたり。蝶ネクタイをつけた黒服のガードマンに出入り無用と通せんぼをされたり。からだの柔軟性をいかして「O(おー)」の字のポーズをしてみたり・・とゆうたふうに無邪気だか何だかわからない脱糞応援のフントーぶりが、ありゃまあこれはこれはどうもご苦労さま〜とありがたくはあるものの、なにが面白いのか途方にくれて思わずウ〜ンう〜んと下っ腹のほうにちからが入ることおびただしく、もりもりした排便促進効果を期待できるような全然期待できないようなたのしさがあるうえに、排便完了のあかつきには、その日の実物がどの「うんこジャック」と似ていたか、予想の結果をたしかめるたのしみもぺっとりくっついてきそうです。おトイレつきのお部屋に住んでいるみなみなさまには、トイレ1コにつき1冊ずつ置いてあると、野ぐその夜空に浮かぶお月さまのようなさり毛ないありがたみをふりまいてくれれそおで、うんこ好き&うんこ嫌いのお尻あい屁の各種お下劣プレゼンとにもベリーべっちょろ好適そおです。かわいひ幽霊がおのうんこキャラ「うんこのジャック」お写真集ご注文・お問合せはおもらし我慢ご不要で大至急に電気メエルで当店どどいつ文庫までお連絡どどどおぞ!![記:2013.08.13:PM14時15分]
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★今日のメニウ‐その1
レトロ未来派幻想幻覚ふぁんたぢぃ画集
『未来主義者フォルトゥナート・デペロ:1915-25羅馬から巴里へ』
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■■・・「実在しないクリスタルの植物に覆われた島を舞台とする物語・・その植物はうっとりさせるような変化する色彩を帯び、機械的なスタイルをしていて、キマイラのような生き物がその上に育つのだという。彼(Cilbert Clavel)はわたしがロシア・バレエ団のために作った舞台装置の模型を眺めながら、衝撃を受けた状態のまま、物思いに耽っていた。彼の夢だった花咲く島が現前に作り上げられており、自分の手が届くところにあったのである。(『冥府の建築家ジルベール・クラベル伝』by田中純2013みすず書房)」とゆう、意味不明なのに分かりやすくイナガキタルホぼっちゃまのお月さまなどを連想させる大正ぢだいイタリア出身の宇宙ばらばら切り貼りあ〜ちすとフォルトゥナート・デペロ(Fortunato Depero)さんのバリバリ未来派期の活動を顕彰した1996年パリ美術館での「フォルトゥナート・デペロ未来主義者」展開催記念図録本でありまする。デペロさんは明治25年(1982年)いたりあ生まれ。大理石職人の見習い修行中だった30歳代のはじめに1913年(大正2年)に雑誌でマリネッティの作文を読んで未来派にかぶれ翌年には羅馬に上京したのだてゆうセッカチなのかノンビリしてるのかマイペースなデペロさんが未来派のせんぱいジャコモ・バッラさんと一緒に「未来派による宇宙の再構築宣言」を宣言した大正4年(1915年)から、未来派的マリオネット自動人形のでざいんや衣装でざいん、ディアギレフ主催の露西亜舞踊団バレエ・ルッツでの舞台美術のおしごと、バレエ・ルッスの仕事を通じてずるずるべったんの間柄になりパトロンになった、のちには「世界でもっとも奇妙な家」の住人となる作家ジルベール・クラベルがデペロ夫妻のためにカプリ島に用意した「魔術の家」でスコスコしていた時期(1917〜1925=大正6〜14年)までの作品がぴったり収納。そのご満100年も過ぎよおてゆう21世紀ぢだいの何でもかんでもコンビユータ電動そろばんバチバチで速度の体感が狂いに狂いつたわだぐぢたち(誰誰?)目でながめると、同時代作家クラベルさんの目には硬質な結晶の輝きでキラキラして見えたのかもしらないデベロさん描く大正時代製にんげん人形わあるどをながめると、テペロさん自身の手が雲形定規やコンパスを使ってひっぱった線のもっこり感やゆらゆら感が何倍にも増幅されてもこもこっこりゆらゆらるら。アート検定準4級べんきょー帳の未来派のぺーぢには、人力馬力を遥かにこえた機械力に万歳三唱するのが未来派のお約束を思い出してみると、100年前には機械の側にあってニンゲンさまの側にはなかったはずの、人間ばなれして金属的にひんやりとした感触が、いつのまにかわだぐぢたち(誰誰?)ニンゲンさまの体内にむぐりこんでいるのかいないのか、自動機械人間人形幻想のなかにある、ちょうど人肌かげんに温められたヌクヌク感になって届けられる感触は、宇宙のちょっとそこいら辺の氷惑星のちべたい氷海のしたで寒い寒いと震えているチョウチンアンコウの提灯の灯りが地球のここいら辺に届くころにはたき火の炎のような温かい色にみえるているかのよおでもあったりなかったり。そおして色あい的には、デペロさんのイタリアン生まれの脳内が共同作業をつうじて繁殖したのかそでもないのかロしアンバレエ調の色合いと混ざり合ったかのような愛情人情どっぷりな色合いが、未来派的なニンゲンぎらい宣言のポオズとこきまぜられたデペロさん独特の今後しばらくコンピウタぶうむが終わるまでは誰にも真似のできにくいファンタステッコわあるどを生み出しているよおです。デペロふぁん&ジルベール・クラベルふぁん&大正期新興美術運動ふぁん&幻覚幻想あ〜とふぁんのみなみなさま必携のこの1996年パリでのデペロ展図録カタロゴぽん、在庫は古本1冊のみのため、ご注文、お問合せは当店どどいつ文庫まで電気メエルで今すぐ大至急にどどどおぞ!![記:2013.08.05:PM19時15分]
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★今日のメニウ‐その1
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